おかしみ日記

おかしみは、スパイス。

新しい産業は生まれるか。

●アマゾンのKindleに続き、アップルがiPadを発表したことで、電子出版の話も少しずつ賑やかになってきている。書籍の流通が大きく変わることで、出版社は危機感を強めているように見えるし、書く側は収入を増やせるのではないかと期待しているように見える。

●昨日、坂本龍一さんのラジオ(正確にはUSTREAM)を聴いていて、「音楽の値段が本当はいくらするのかなんて誰にも分からない」という話が興味深かった。CDに1500円とか3000円とかを支払っていたり、iTunesで1曲買うのに100円とか150円とかを支払ったりするけれど、その価格を決めているのはミュージシャンではない。流通させる側の人間が決めた価格で、音楽という商品は流通している。

●翻って、本もそうだと思った。単行本は2000円前後だし、新書は800円前後、文庫本は500円前後。そんなものだと思って買って読んでいるけれど、それは「本」が印刷物の形をとって、出版社と問屋と書店の流通ネットワークを使って、読者の手に届く仕組みになっているから、その製造コストや流通コストから逆算して、「これくらいの値段で売ろう」と決まっているものなのかもしれない。そう考えると、著者に入る印税は、「本の定価×10%×発売部数」というような収入にも、明確な根拠はないのかもしれない。

●だから、音楽と同じく、本が印刷物というパッケージを必要とせず、読者がデータをダウンロードして読むという形になったときに、いったい本はいくらなのかという話が当然出てくるのだろうし、音楽と同じで、「本という創作物が、本当はいくらなのかなんて分からない」ということになるのだろう。

●音楽と同じような経緯をたどるのだとしたら、電子出版の価格決めは、データを配信するプラットフォームを勝ち取った企業が設定する価格に、そしてぼくたち消費者が「その価格なら買ってもいいか」と思う価格に、なってしまうのだろう。そこでぼくが気になるのは、それで、作者は食えるのかどうかということだ。

●当然なことかもしれないけれど、食える人もいれば、食えない人もいる、という音楽とまったく同じ状況になるのではないのだろうか。ただ、名のある出版社の編集者に認められてそこから本を出さないとうまくいかない、という状況は変わるのではないかということは言えそうな気がする。それをもってしてチャンスだと思えるかどうか、で今後、本(のようなもの)を書いて生計を立てられるかどうかは決まってくるのだろう。

●坂本さんは、音楽を作る人は、音楽を作るだけでは食べていかれなくて、それを広く知らしめ流通させてくれる人、つまりプロモーターが必要だと言っていた。それは個人でも十分可能なのかもしれない。本についても、同じことが言えるのではないだろうか。大規模な出版社がなくなり、著者はアマゾンやアップルのプラットフォームを通じて自分の著作を販売するようになる。しかし、それが売れるかどうかは、運頼みでいてはならない。どうやったら著作が売れるのか、そこには敏腕なプロモーターが必要になるのではないだろうか。いい本を書けばかならず売れるというような素朴な考えでは、せっかくのいい本も流通しなくなってしまう。口コミで広げるのか、何らかのメディアに取りあげてもらうのか、やり方は多様だろうが、書いたものを流通させるためのプロフェッショナルは必要とされるだろう。

●そして、そのプロモーターこそ、編集者がなるべき次の姿なのではないだろうか。著者と二人三脚でいい本を書かせる能力と、それを市場に売り出す才覚を兼ね備えた人間。そうした際に、編集者がどうやって稼ぐのか、というのもまた模索が必要になってくる。編集者個人が、iPhoneアプリでプラットフォームを提供してしまう、というのも一つのやり方かもしれない。面白い著者を発掘し、編集者として「いい本」を書かせ、それを自らの流通プラットフォームから販売する。そうした個人がたくさん出てきたら、出版文化は次のステージに行くのではないだろうか。それこそ既成の出版社や書店のあり方を覆し、新しい産業を生み出すような大きな流れにならないだろうか。そうした状況を、いち早く実現する編集者と著者が出てきたら面白いと思う。