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おかしみ日記

おかしみは、スパイス。

SAVE TOHOKU in 松戸/トークイベント「福島原発と地震以降の思想」

先日に続き、昨日も松戸へ出かけた。「SAVE TOHOKU in 松戸」と題して、江戸川の河川敷でRAVE、そして、MAD City Galleryでトークイベントが行われると聞いて。(SAVEとRAVEをかけてる、ってこれを書いている今気がついた) とりわけトークイベントは社会学者の毛利嘉孝さんコーディネートのもと、「福島原発と地震以降の思想」というタイトルが掲げられていて、とても興味をそそられた。しかしトークを聞きながら、とても暗い気持ちになった。ずしりと重い鉛を飲み込んでしまったような、後味の悪い感覚のまま、松戸を後にしたのだった。

トークイベントは19時すぎに始まった。メインスピーカーは福島県出身のお2人。作家/DJの清野栄一さん、社会学者の開沼博さんだ。失礼ながらぼくはお2人のことを知らなかった。まず清野栄一さんの報告から。震災後の福島を訪れ、週刊文春なんかにも記事を書いたということで、マスコミでは報道されない、現地の人たちの生の声を報告してくれた。放射能のレベルでさえも、毎日のように、風向き一つで変わるのだという。だから、常に変化する状況をもとに正しい判断をするのはすごく難しいのだと。いまの数値に基づいて下した判断が次のタイミングには間違ったものになってしまう。だから、「こうしてください、こうするべきだ」というのが言いづらいのだと。そして、友人や家族たちの語る、「原発をはやく海にでも落とすなりして何とかしてくれ」という声。とにかくこの状態を早く終えたい、という切実な思い。それでも、原発についてはタブーなのだという。原発に頼ってきたからこその複雑な気持ち。佐藤栄佐久前知事があと20歳若かったら、原発反対の声をもっとあげられたかもしれない、等々。福島市伊達市を合わせた人口は40万人。本当なら全員を移住させたいところだが、それはどう考えても無理な話だ。「このまま福島は日本から消されてしまうのではないか、何の取り柄もない、なくなってしまっても誰も困らない土地」と語る清野さんは悔しいと思っているのか、怒っているのか、どうにも読み取れない淡々とした口調だった。福島原発の事故のあと、自分は(自分たちは)、どこで、どうやって生きていくのかということが問われている。これまで原発を推進して来た日本という国に、あなたはこの先もずっと住み続けるのか。それぐらいの問いを突きつけられている。それが今回の福島の事故だ。

続いて、社会学者の開沼さんの報告。開沼さんは福島県いわき市のご出身。2006年から福島原発を研究対象にしているそうだ。修士論文を書き上げ、それが近々、出版されるという。いわゆる「原発村」がどのようにして成り立っているのか、地元住民たちの複雑な心境などについて報告してくれた。原発ではたらく労働者を受け入れる民宿の話とか、Jビレッジなどのハコモノの話とか。「東電さん」と地元の人たちは呼び、東電さんが「絶対に安心」と言い続けてきたことをずっと信じてきた。40年もの間ずっと。しかしそれは一方が騙し、騙されるという単純で一方的な関係性ではない。原子力産業がその地域に根づいていった複雑な背景があってここまで来たのだ。そうでなければ、先日の統一地方選で新潟県の柏崎地区で原発推進派の議員が2人も当選するようなことを説明できない。途中、スライドで「柏崎の新名物・原発つけめん」という写真が出て来たときには、会場に笑いが起きたが、新潟県出身のぼくはとても笑えなかった。開沼さんいわく、論理だけでは割り切れない独特の世界が出来上がっているのだと。それを理解しなければ、原発村を「ナシ」にすることはとてもできないだろう。ぼくはその特異な社会構造を持つにいたった歴史的な経緯をもっと詳しく知りたいと思った。

トークの終了後に、開沼さんに聞いてみた。原発を止めるのはそう簡単じゃないとよくわかった。どうしたら原発をやめられるのか? 「個人的には、原発反対デモなんてやるのは意味がないと思っている。原発村の住民を意固地にしてしまうだけだから。彼らには論理的な説得は通用しない。政治の力を使うなりしてトップダウン式で構造を変えていかない限り、原発社会を解体するのは難しいと思う」。ほんの数分の立ち話だった。開沼さんの本を読むなりして、もっと知りたい。原発反対をただ唱えてもダメなんだ。新しい仕組みなり、枠組みなりを実現させられない限り、原発脱却は難しいということだ。なぜなら、産業として、生活の一部として、あまりにも深くその地域と原発は結びついているからだ。原発に頼らざるを得なかった、「地域の衰退」という現実があったのだ。地域を豊かにする手段が、原発以外になかった。そうだとしたら、原発なんかに頼らなくても、地域が元気にやっていけるように変えていかなくてはならない。単純に考えれば、そういうことになる。でも、それがどれだけ難しいことか。ひどく重い宿題に、ぼくらは真っ向から取り組まない限り、原発はなくせない。もっと知らなくちゃいけないことがあるのだと思った。

10:00から夕方までは江戸川でこんな風にDJブースが作られ音楽がかけられた。JR松戸駅から江戸川の堤防へは、10分ちょっとも歩けばすぐにつく。ランニングをする人、犬を連れて散歩をする人、小さな子どもを連れた夫婦など、のどかな時間が流れていた。草むらに腰をおろし、缶ビールをあけて音楽を楽しんだ。風が少し冷たかった。

当日の模様は、松戸本町自治会のホームページにもアップされています。コチラ